03〜05の3シーズンに渡り、世界選手権ITT連覇を成し遂げた、マイケル・ロジャースのためのアルカンシェル。ITT及びTTTのみで着用することが出来るこのジャージは、本来のアルカンシェルとデザインが違うわけだが、相違点である虹の中心にあるマーク、これは何を意味しているのだろう?タイムトライアルのジャージだから、時計かなあ?
ちなみに本来、タイムトライアルのジャージと言えば当然ワンピースであり、このような上着のみの体裁はとっていない。と言うことから考えてみると、まあこのジャージはアルカンシェル獲得を祝うためのレプリカモデル、ということか。
マイケル・ロジャースと言えば、前述のようにITT世界選手権を前人未踏の3連覇中である。このことからも分かるように、タイムトライアルではいつも敵なしか、というと意外とそういう印象がない。その原因は、グランツールのITTでステージ優勝をあげたことがないことに尽きるのではないだろうか。もちろん世界選手権ITTもシーズンのビッグイベントではあるが、なんといってもグランツールの個人総合優勝争いの行方を常に左右するITTステージの勝利は、かなりのインパクトがある。グランツールのITTで失敗した選手は、簡単に総合優勝争いから脱落する。逆にITTで勝利した選手は、その後の総合優勝争いに大きな影響を与える存在となる。これまでロジャースは、残念ながらそういう印象をグランツール中継で与えたことは無いんじゃないだろうか。
とはいえ、ロジャースは今年のツールを総合10位で終了するなど、グランツールでの成績が安定してきた印象があるのも事実。近い将来グランツールのITTでパンチのある走りを見せ、リーダージャージを獲得しつつ、山岳で粘って総合優勝争いを面白くする存在になる可能性は十分にある。これからが本当に楽しみだ。(06/08/06)
04東京国際自転車展最大のニュースは、世界最高・最強スプリンターであるイタリアのアレッサンドロ・ペタッキが来日することだった。左のジャージはピナレロのブースに登場し、サイン会を行っていたペタッキにサインをお願いしたもの。当日のピナレロブース周辺は相当混み合っていたが、彼は慣れた手つきでドンドンとサインを書いていた。隣にいた当時フィアンセ、現奥さんとおしゃべりしながら流れ作業のように大量のサインを書いていたのが印象に残っている。
当時ファッサボルトロのスプリンターであったペタッキは、03年ジロで一気に大スターの座を射止めた。03年はジロで6勝、ツールで4勝、ブエルタで5勝と手のつけられないような強さを発揮したペタッキ。特にジロでは、当時アルカンシェルを来ていたチポッリーニとの闘いが大きくクローズアップされ、とても興味深く観戦した覚えがある。
アルカンシェルを来たチポッリーニがあたりまえのように第1ステージをとり、マリアローザとアルカンシェルを重ね着するっていうある意味ドラマチックなストーリー展開を後押しするように、03ジロはプロローグも無くいきなりスプリントステージから幕を上げた。しかし予想されたストーリー展開を大きく変更に導いたのはペタッキの存在だった。当時はまだペタッキのファッサトレインよりもチポッリーニ率いるドミナヴァカンツェが形成するゼブラトレインのほうが強力で、トレインの力を借りずに自力で勝ち上がるペタッキの姿が記憶に残っている(今ではあまり見られない勝ちパターンになっているなあ、結果的に)。
個人的には、チポッリーニが勝ってアルカンシェルとマリアローザの重ね着を見たかったなあっていう気持ちが今でもある。マリアローザをチポッリーニが獲得した暁には、マリアローザとアルカンシェルのデザインを混ぜたようなスペシャルジャージで次のステージを走るって言う噂みたいなのが当時出ていたような記憶があるからだ。結局そういう出来上がったようなストーリーにならず、スプリントステージではペタッキとチポッリーニを中心に白熱した勝負が展開された03ジロ。ペタッキにとって生涯初のマリアローザを着た、思い出深いジロのはずだ。(05/08/06)
00年にイタリア選手権を奪取した、ミケーレ・バルトリのイタリアチャンピオンレプリカジャージ。ワールドカップレース7回制覇を筆頭に、特にワンデーレースのスペシャリストとして、長きにわたってイタリアを支えてきた選手だ。04シーズン終了後、現役を退いている彼の最後のチームはデンマークのCSCだった。
このジャージに関しては、00年モデルか01年モデルか正直個人的には良く分かっていない。ただ、手元にあった本に載っていたバルトリの00年の写真に、ちょうど半袖のイタリアチャンピオンジャージを着ているものがあって、それをよく見ると背中のコルナゴマークの間に「LATEXCO」とスポンサー標記がしてあったので、もしかしたらちょっとはデザイン変更しているかも、と想像し、とりあえず左のジャージに関しては01年シーズンモデルとしておいた。
バルトリと言えば忠実なアシストであるパオロ・ベッティーニと、その後の両者の確執が良く話題に上る。00年世界選手権で生じた亀裂から、自らエースとしての道を歩み始めたベッティーニ。対して、それ以降は世界選手権の代表選考から漏れるような屈辱も味わうことがあったバルトリ。結果的に、アシストだったベッティーニはバルトリを超える成功を収めており、今現在も勝利を重ねている。
バルトリとベッティーニが勝利したレースは非常に似通っており、リエージュやロンバルディアなど、有数のクラシックレースが戦績に羅列される。しかも、イタリア選手権を獲っており、常に世界選手権制覇を期待されながら、その期待に沿うことが出来ずマイヨアルカンシェルを着ることが出来ない、という点も同じだ。ただ、ベッティーニに関しては、もしかしたら現役引退までにアルカンシェルを手にするかもしれないので、バルトリとの共通点という面からも、ベッティーニの世界選手権での動向が非常に興味深いところである。(09/07/06)
前人未踏のツール・ド・フランス6連覇が達成された04ツール・ド・フランス。その最終日モントロー〜パリ・シャンゼリゼ間でUSポスタルチームが着用したスペシャルジャージだ。ランス・アームストロングのマイヨジョーヌによるパリ凱旋に華を添えた、印象深いジャージであり、普段の濃紺+赤のラインを添えたジャージから、赤のラインをツール・ド・フランス勝利の象徴黄色に入れ替えてある。
パレード走行中、横一列に並ぶポスティーズが空撮で映し出されたときの格好良さはそれはもう凄かった。濃紺の軍団の中心にはマイヨジョーヌが、周りには黄色をトリミングした濃紺の最強アシスト陣が。3週間にも及ぶ過酷なレースを完璧に走りきった彼らが着用するからこその格好良さ、といった感じだった。「威風堂々」という言葉がピッタリの様だった。
この年のツールは、様々な話題があった。伝説の山ラルプ・デュエズを使っての個人タイムトライアル。序盤の第3ステージに配され、波乱を呼んだパヴェステージ。このあと様々な色の派生リングを生むきっかけとなった、ガン基金の象徴「リブストロング」。フランスナショナルチャンピオンのトーマ・ボクレールの活躍などなど…印象深い話題が多い。話題の多い04ツールは、振り返るとアームストロングの圧勝、USポスタルの圧勝といった感がある。なんといってもステージ5勝+TTT優勝。とにかくランス!ランス!っていう印象が強い。
今年のツールは、ランスが引退して初めてのレース。バッソやウルリッヒの活躍が期待され、ランスの圧勝を見守ってきたこれまでとは違ったレースが展開されるだろう。また、ジロ・デ・イタリアを直前に控えた今、春のクラシックを制したのが軒並み若い選手たち(ポッツァート、ボーネン、カンチェラーラ、シュレック、バルベルデ…)だったように、若い世代の台頭がツールやジロでも見られる期待が高まる。暑い夏がやってきそうだ。(26/04/06)
06シーズン開幕から、大躍進を見せているアレッサンドロ・バッランが、05ジャパンカップで着用していたジャージ。当日のレースにて着用していたもので、ゼッケンがもとのまま背中に2枚とめてある。
06プロツアー第7戦(パリ〜ルーベ)を終えた時点で、プロツアーランキング首位のトム・ボーネンに24ポイント差の2位(!)。トロフェオ・ライグエリア優勝、E3プリス・ブランデレン2位、ティレノ〜アドリアティコ総合3位、ミラノ〜トリノ4位、ロンド・ファン・フランデレン5位、パリ〜ルーベ3位と、メジャーレースで着実に着にからんでいる。また、ミラノ〜サンレモでは怒濤のアタックを見せ、あわやのシーンを演出するなど、存在感も相当なものとなっている。
イタリアのワンデーレーサーのスターと言えば、まずはパオロ・ベッティーニ、ダニーロ・ディルーカ、ダビデ・レベッリンらが挙げられるが、彼らに次ぐ次世代のエース候補として名前を挙げることが出来るほどの大躍進。あとはプロツアークラス・ワンデー(特に旧ワールドカップレース)での大勝利を待つばかりだ。
このジャージ、印象的なのは新品のものに比べて色褪せていること。新品のものに比べ、特に青色部分がうすーくなっており、ワンシーズン使い通した感がジャージからにじみ出ている感じだ。
ジャパンカップではレース序盤集団の先頭に出て、アシストとしての仕事を全うしていたバッラン。05シーズンもプロツアーでの勝利があり、ロンド・ファン・フランデレンで存在感を示すなど躍進を見せてはいたが、今シーズンに入ってからの活躍はそれと比較すると圧倒的だ。今後は、ロンドやパリ〜ルーベのような石畳クラシックはもちろんのこと、イタリア選手権や世界選手権のようなジャージが獲得できるワンデーレースでの活躍を期待したい。(16/04/06)
ゼブラ・トレインでスプリントの最終局面を賑わせたドミナヴァカンツェ・エリトロンの03シーズンジャージ。チームエースはマリオ・チポッリーニで、彼はこの年は02年に獲得したアルカンシェルを身にまとっていたため、実質写真のチームジャージを着用してレースを走ってはいないと思われる(この年チポッリーニはジロでの負傷でシーズン大半を棒に振った)。
近年のプロチームジャージの中でも、02年のアックア・エ・サポーネから04年のドミバヴァカンツェまで取り入れられていたゼブラジャージはとりわけ集団内でも目立っており、なんといっても集団ゴールでプロトン前方を支配し始めたときの格好良さったらなかった。04年以降は、アレッサンドロ・ペタッキをエースとするファッサボルトロによるシルバートレインがその役割を担い、集団ゴールを意のままに操る様子がグランツールで何度も見られたが、その前は列車といえばゼブラトレインだった。デザイン性の高いジャージ集団が高速スピードで集団をコントロールし、最後にチポッリーニを解き放つ場面はかなり格好良かった。残念なのは、写真のジャージが着用されていた03年においては、チポッリーニにあまり目立った活躍が見られなかったことか。
ここ数年のプロチームの中でも、かなりインパクトの強いこのジャージ。人によっては格好悪いと思うかもしれないけれど、こういった独創的なジャージが自分は好きです。(04/03/06)
マリオ・チポッリーニがチーム・サエーコに在籍した最後の年、01年ジロ・デ・イタリア第10ステージで着用されたスペシャルジャージ。エースのチポッリーニ以外の選手全員で着用したものだ。キャノンデールがスポンサーとなっているサエーコは、こういったスペシャルジャージを頻繁に用意するわけだが、ツールで着用し有名になったシーザージャージや“僕のキャノンデールを認めてよ!”ジャージ、ジロのプロローグで着たアナトミカルスキンスーツなどに比べてメディア露出が少ないような印象がある。この差はどこから生まれるのだろうか?
このジャージは襟に「30th Anniversary
1971-2001」とある。チーム・サエーコの母体が創立30周年なのか、それともキャノンデールが創業30周年なのか。いろいろなケースが想像されるけど未確認です。誰か教えてください(笑)。
キャノンデールにしろトレックにしろ、スペシャルジャージを用意してレースに華を添える様な演出をしようとするのはどうもアメリカメーカーが多いのは気のせいだろうか?アメリカンロードバイクによるプロレースでの成功が顕著なほど、このようなちょっとした演出やお遊びが増えるので、見ているほうとしてはおもしろい。平気で罰金を払うチポッリーニのような選手も、その傾向を煽るような感じで好きだ。
この「Black
Lightning」を着用したとき、バイクを真っ黒にする、とまではいかなかったようだが、ヘルメットやグラブはしっかりと黒塗りにしていたようだ(写真を見る限り)。チーム員全員が真っ黒な中、一人通常ジャージでよけいに目立つスパースター・チポッリーニ。いいですねえ。(25/02/06)
04イタリア選手権覇者、クリスティアン・モレーニが05年後半に着用したクイックステップのジャージ。モレーニ着用を示すかのように、袖と襟にイタリアン・トリコロールが配色されている(ちなみに、パオロ・ベッティーニも03年イタリア選手権をとっているため、同様のジャージを着用している)。中央に大きなサインがあるが、これはモレーニ直筆。
モレーニは、04年が最後となったUCIランキングは71位で終了、05年スタートのプロツアーランキングは127位で終えている。過去にはマリア・ローザ着用経験もある、渋い魅力を持ったレーサーだ。
近年ジャージの配色によって、袖や襟にチャンピオンカラーを入れないジャージが目立つ。ディスカバリーチャンネルやT-モバイル、イリェス・バレアレスなどは、世界チャンピオン経験者や各国ナショナル選手権優勝経験者の証となるこの伝統に準じておらず、皆同じジャージを着用している。自分の記憶の範囲では、USポスタル時代の一時期、ランスやエキモフはアルカンシェルを入れていたし(エキモフはRR、ITT両方とも世界戦を獲ったことがないので、オリンピックカラーだったのか?もしくはトラックも強い選手だから、トラックの世界戦で何かの種目のチャンピオンとなったのか?)、ヒンカピーはUS選手権優勝経験者の証を入れていた。でも昨年のディスカバリー・チャンネルのジャージは左袖にリブストロングを意味する黄色のラインが入るのみで、皆同じジャージ。T-モバイルも、昨年はウルリヒやツァベル、クレーデンといったドイツ選手権優勝経験者(ウルリヒに至っては世界戦ITT優勝経験者でもあるのに!)が多数在籍していたにもかかわらず、皆同じジャージ。昨年のイリィス・バレアレスも、マンセーボがスペイン選手権優勝経験者だったのに皆と同じジャージだった。近年こういったケースが目立っているのは、個人的に凄く残念だ。どうも選手の知名度が高いほど袖や襟にチャンピオンカラーを入れない傾向があるように思う。
ちなみにクレディアグリコルのトール・ヒュースホウトは、ノルウェー国旗を袖にあしらったジャージを着ているが、以前はアンダーだかジュニア時代に獲った世界チャンピオンを反映させて、アルカンシェルを袖に入れていたような記憶がある。でも今はエリートで獲ったノルウェーチャンピオンを誇らしげにあしらっているあたり、エリートカテゴリーとアンダーカテゴリーのレース価値の違いを想像させるなあ。(05/02/06)
05年ジャパンカップに来日したスペインチーム、イリェス・バレアレス-ケースデパーニュのジャージ。ジャパンカップに来日した5選手のサイン入りとなっている。右上オペラのロゴ下のサインから時計回りに、フランシスコ・マンセーボ、パブロ・ラストラス、ミケル・プラデラ、ファン・オラク、ガルシア・アコスタのものとなる。
シーズン序盤、ケースデパーニュはまだサブスポンサーとして入っておらず、シーズン途中よりのスポンサードとなっているため、日本国内に輸入されている半袖ジャージの多くはケースデパーニュのロゴが入っていない。そういった意味ではちょっとレア度があるといえるのか(とは言っても、長袖ジャージにはケースデパーニュのロゴが入ったやつが多く輸入されていたようだが)。
ジャパンカップで来日したメンバーでは、なんと言ってもマンセーボが人気・実力とも抜きんでている。実際レースでも優勝したクーネゴとともに最後まで競りあいを見せてくれた。個人的に意外だったのが、マンセーボの体の小ささ。彼はヒルクライマーだが、イバン・マヨのようにヒラヒラと飛ぶように、クルクルとペダルを回転させてスピードをあげるのではなく、重いギアをしんどそうに踏み倒して徐々にスピードアップするスタイル、というイメージがある。トルクをかけて登坂する映像からは、小柄ながらもパワフルで、単発のアタックに反応せずとも(つらそうな表情で、体を傾けつつも)気づいたら追いついている、そんなヒルクライムスタイル、といった印象を受けていた。しかし実際に生で見たマンセーボはクーネゴと同じように小さくて、チームメートのガルシア・アコスタやラストラスと並ぶと一層それが際立った。あんなに華奢で小柄なのに、のっしのっしと登るような重戦車風の登坂スタイル。そのギャップに大いに驚かせてもらった。
ちなみにマンセーボのツール仕様ジャージ、というのを見せてもらったところ、ジャージの一番下、ゴムで締めるようになる自転車ウェア独特の加工がされている部分について、他のジャージと少し違うような処理がしてあった。着用したときに空気の隙間が出来ないように、一見ガムテープのようなもので丁寧に処理してあった記憶がある。あれがなんなのかよく分からなかったが、マンセーボは他の選手と違ってジャージの細部も特注なんだなと感心した。さすがツールの表彰台を狙う選手だ。(04/02/06)
04年デビュー、長身のワンデーレーサーとして今後が期待されるアレッサンドロ・バッランが04ジャパンカップで着用していたジャージ。当日のレースにて着用していたもので、ゼッケンがもとのまま背中に2枚とめてある。
ランプレチームは02、03年ジャパンカップを連覇しているチームで、2連勝を遂げたセルジョ・バルベーロの04年ジャパンカップへの参加はならなかったものの、当時の来日メンバーは04イタリア選手権4位のパオロ・ボッソーニ、04イタリア選手権ITT3位のマルコ・ピノッティら中堅選手と、マヌエル・クインツィアート、アレッサンドロ・バッラン、マルコ・マルツァーノら将来が期待される若手選手をあわせた、なかなかのメンバーだった。
ジャパンカップのレース本番ではあまり印象に残らなかったバッランだが、レース以外ではほのぼのとした雰囲気で常にニコニコしている印象があり、好青年としてのイメージが強い。04年に来日した時点では目立った成績もなく、ジャパンカップでも目立った様子はないので、選手としての個性となると“?”となる印象があった。しかし05年に再度ジャパンカップで来日する頃には、世界選手権イタリア代表選手団に選ばれるほどの選手になっており、自身もプロツアーでの勝利を収めるなど、05年シーズン開始時にサエーコと合併してランプレ・カッフィータとなったチームのエース格(特に春のベルギークラシックで)になり得る存在となっていた。しかしレース外でのほのぼのとしたイメージは以前と変わらず、イタリア人でありながら必要以上にマシンガントークするような感じでもない、独特な雰囲気をもったままであった。フランドルやパリ〜ルーベで表彰台にあがるようなチャンピオンに将来彼がなったとしても、あのまま独特の雰囲気をもった選手であって欲しい。(29/01/06)
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05シーズンのジロ・デ・イタリア直前に現役を引退したスーパースプリンター、マリオ・チポッリーニが04ジロのプロローグで着用したTT用スキンスーツを模した半袖レプリカジャージ。白地に金のアラベスク模様などと言われるこのジャージと、フレームも同じカラーでコーディネートしたチポッリーニは、規定外ウェア着用ということで04ジロの罰金第一号となっている。
毎年プロローグでの規定外ウェアで注目されるチポッリーニだが、04ジロでは序盤第4ステージで落車、第7ステージを走ることなくレースを去っている。この年記録的なステージ9勝(!)を達成したアレッサンドロ・ペタッキとは対照的に、大きなインパクトを残せないまま事実上現役最後のジロ・デ・イタリアを終えている。
ジロでは通算42勝という史上最高の記録を持ち、若かりし時から引退直前まで世界最高峰のスプリンターの座を確保し続けたチポッリーニの引退は実にさみしいものがある。彼以降、規定外ウェアで楽しませてくれるようなプロ選手やチームというのが減ったような印象を受ける。
規定外ウェアによってプロモーションする印象が強いキャノンデールなどを筆頭に、バイクメーカーがこれからも新しいヒーローを捕まえて、チポッリーニの存在を忘れさせてくれるくらい華やかなレースシーンをウェアや機材のデザインの面から再現してくれるようなことはあるだろうか…(28/01/06)
ツール・ド・フランス歴代最高となる7回のマイヨ・グランペール獲得を達成したリシャール・ヴィランク。このジャージは彼の最後のツールで獲得した、7回目のマイヨ・グランペールだ。
ドモ・ファルムフリッツで奇跡の復活を果たし、その後クイックステップへとチームが引き継がれた後も、ヴィランクはツールのエースとして活躍した。マイヨ・ジョーヌとマイヨ・グランペールをいっぺんに獲得し、まるでマジックのようだと自ら表現した03年ツール。独走の末、ゴール前では亡き友、祖母のことを想い、涙ながらにゴールした04年ツール。彼が残した数々の劇的な勝利、そして感動的なゴールシーンは、彼がプロトンにいた頃のレースシーンの華やかさ、活気をぎゅっと詰め込んだような、とても印象深いものだった。
ジャラベール、ヴィランクが引退した今、彼らに続くフランスのスターは現れていない。世界選手権のポディウムのてっぺんやツール・ド・フランスでジャージを争うような選手がなかなか出てこない。その期間が長ければ長くなるほど、ヴィランクの凄さが際立つような気がする。ツール・ド・フランスの主役のひとりとして、毎回のようにステージ勝利をあげ、ジャージを獲得していたのだから。
個人的には、マイヨ・グランペールというとどうしてもイコール野々村輝、ということになってしまう。ツールを見る前にシャカリキ!を見てしまうと、マイヨ・グランペールはとにかく山で最強な選手が身に付けるものだ、と思えてくるのだ。となると、自分が見てきた中でとにかく山岳で強かったのは、ランス・アームストロングになってしまう。でも、赤玉ジャージのイメージが全く沸かない。彼はやっぱり黄色が似合う。反面、山岳で例えランスより強くなかったとしても、赤玉ジャージが最も似合う選手といえば、リシャール・ヴィランクをおいて他にはいない。やっぱり選手のイメージって、凄く強く頭の中に残るものなんだなあ。(25/12/05)
このジャージは謎の存在である。チーム・クイックステップにダビタモンがサブスポンサーとして付いていたのは03,04シーズンの2年間。この間、マイケル・ロジャースによるITT世界戦制覇(2年連続、ただし03年はデビット・ミラーの失格による繰り上げ)はあったが、エリート男子ロードレースでクイックステップの選手は勝利を収めてはいない。ITTのアルカンシェルには虹の真ん中に時計のようなマークが入るので、これはITTのアルカンシェルではない。
03、04シーズンにおいてワールドチャンプになったのは、03年のイゴール・アスタルロア、04年のオスカル・フレイレであり、ともにクイックステップ所属にはなっていない。勝利をした時はそれぞれサエーコ、ラボバンクの所属。シーズンあけてアスタルロアはコフィディスやランプレとシーズン中の移籍を重ねたが、フレイレは翌シーズンもラボバンク。つまり、彼ら2人とは全く関係がない。これは存在自体が謎なジャージである。
想像するにこのジャージは、ある選手が世界戦を獲ったときに即お披露目するためのジャージだったのではないだろうか。03、04シーズンとも、世界選手権の優勝最右翼と目された選手、パオロ・ベッティーニだ。ミラノ〜サンレモ、イタリア選手権、アテネオリンピック男子ロード金メダル、ワールドカップ3連覇…。結果だけ並べてみても、03、04シーズンとも凄まじい勝利数。彼ほどの選手なら、前もってジャージを作成しておくことも十分に考えられる。残念ながら世界戦勝利からは縁遠く、未だ念願のワールドチャンプを手にしていない訳ではあるが、ここ数年世界最強のワンデーレーサーの座を不動のものとしているベッティーニならではの幻ジャージ。想像ではあるが、きっとそんなところなんじゃないだろうか…(11/12/05)
04シーズン半ばにして引退したヨハン・ムセーウ。フランドルのライオンと呼ばれた彼のキャリア最大の栄光、96'世界選手権勝利の象徴がこのジャージだ。フランドル3勝、パリ〜ルーベ3勝、ベルギー選手権2勝などを筆頭に、ワンデーレースの王者として君臨したムセーウ。自分が彼の走りを見たのは、全盛期を過ぎ引退が現実味を帯びてきていた晩年のみではあったが、走るカリスマとしての存在感は充分に感じることが出来たと思う。チポッリーニやアームストロングのように、レースの外でも目立ちつつ、レース結果でも他の追随を許さず、レース中のアクションでも他人には真似できないようなショーマンシップを見せるタイプとはまた違い、黙々とパヴェの上を走って結果を出す、“男の中の男”、といったような魅力のある選手だったような気がする。
フランドルのライオンと呼ばれた彼が晩年所属したクイックステップで、一番力を注ぎ、そして注目されたレースはツール・デ・フランドルとパリ〜ルーベだったのは間違いない。この2レースにおいては、ワンオフもののヘルメットを身につけ、非常に目立つ形でレースに出走していたムセーウの姿が印象的だ。そのヘルメットとは、自身の愛称であるライオンの顔が大きく描かれ、本来のチームカラーとは全く別の黄色ベースに全体がカラーリングされたものだった。特に03年に至っては、ヘルメットのベンチレーションの数が減らされ、ライオンを描くスペースが大きく確保されていたことが印象的だった。
クイックステップはワンデーレースにおいて近年世界最強であると個人的に思っているが、それは結果だけでなくレース中にアシスト陣が完全に集団前方を支配するシーンがよく見られるから、というのもある。日本でおなじみのダビデ・ブラマーティや、他のチームに移ったらエース級間違いなしのセルファイス・クナーフェン、ムセーウの露払い役ウィルフレッド・クレツケンスといった名アシスト達が、前方を支配し始めると青の綺麗なジャージがずらっと並ぶのだ。その中にあってエースのムセーウのヘルメットが黄色く輝く姿はレースファンには堪らないものがある。あのヘルメットほしいなあ(笑)。(03/12/05)
05シーズンにはベルギーチーム「ランドバウクレジット・コルナゴ」でエースを張っていたルドビク・カペルが01シーズンに獲得した自転車大国ベルギーのチャンピオンジャージ。近年では、トム・ステールス(4回!)、ルド・ディルクセンス、アクセル・メルクスといった大物が獲得している。カペルは彼らからすると格は落ちる選手かもしれないが、02年UCIランク126位、03年同173位、04年同155位と安定して強い選手。
当時のag2rは、ツールを前半でリタイアする選手として有名な巨漢スプリンター、ヤン・キルシプーがエースを張り、カペルが発射台となってツールの区間優勝などを勝ち取っていた。ちなみにこの年のツールでは、キルシプーとカペルは仲良く10ステージでリタイアしている。
ロードレースの世界において特に大きな輝きを放つナショナルチャンピオンジャージの中でも、イタリア、ベルギーといったワンデーレースの強国のジャージはその価値が抜きんでているように思う。イタリアで言えば、ディルーカ、バッソ、ペタッキ、レベッリンといったスター選手でさえ獲得できていない。ベルギーにおいても、ヴェンペテヘムや今年世界戦を獲ったボーネンのようなスターが獲得出来ていない(まあボーネンはきっと2,3年のうちに着てくれると思うが)。そんなスターが獲得できない中でも、いぶし銀の輝きをはなつ選手が獲得し、1年間着用するジャージの輝きが個人的には大好きだ。イタリアで言えば、ダニエレ・ナルデッロやクリスティアン・モレーニのような選手がそれにあたるかと思う。ベルギーで言えば、今回取り上げているルドビク・カペルだ。カペルのキャリアでも最も重要な勝利、それはきっと01年ベルギー選手権の勝利なんだと思う。
ナショナル選手権を優勝すると1年間の着用義務が生じるナショナルチャンプジャージ。ロードレースに古くから色づく伝統のルールだ。レースファンは、毎年ツール・ド・フランスの直前に開催されるナショナル選手権の結果と、そのお披露目が楽しみになるのだ。(28/11/05)
ジロ・デ・イタリアステージ通算42勝の大記録を持つスーパースプリンター、マリオ・チポッリーニが02ジロ・デ・イタリアで獲得したマリア・チクラミーノを模した記念ジャージ。この年のジロ・デ・イタリア各賞ジャージのオフィシャルサプライヤーはサンティーニ社なので、このナリーニ社製のジャージはあくまでも記念ジャージ、といったところか。
この年チポッリーニは長年在籍したチーム・サエーコを離れ、アックア・エ・サポーネに移籍。アックア・エ・サポーネの若きエースとして有望視されていたディルーカとちょうど入れ替わるような格好になった。アックア・エ・サポーネはジャージのイメージも大幅に変更し、ゼブラ基調の派手なジャージになった。チポッリーニを引き連れて勝利を重ねるチームはゼブラ・トレインと呼ばれた。
この年チポッリーニはキャリア最大の成功を収めている。世界選手権優勝だ。ツァベル、マキュアンとのスプリント対決を制し、堂々のアルカンシェル。エースチポッリーニを勝たせるために働いたイタリアチームの支配力は見事の一言だった。さらにこの年には、ゲント〜ヴェヴェルヘム、ミラノ〜サンレモといったビッグレースも制している。結果的に移籍は大成功だったと言えるのだろう。
チポッリーニは05ジロ・デ・イタリア直前に引退した。この年のジロのプロローグにて、全身ピンクの血管ジャージ姿で、最終走者をつとめのが選手としての最後の姿だ。彼は常にジロやツールでスペシャルジャージを披露し、我々ファンを楽しませてくれた。コレクターとしても常にフォローしたくなる選手だったわけだ(笑)。
彼のように、ジャージや装備の見た目面で楽しませてくれるスーパースターが次に登場するのは、何年後のことだろうか。(05/11/05)
このころ、ロードレースのトップチームに多々生じていた経済的トラブル。給与支払いが滞るチームが頻発し、混乱が続いた。世界自転車連合(UCI)はその対策を03シーズンに展開。チームビアンキはその影響で生まれた即席チームといったところか。給与未払いの措置で消滅しかけ、ツール出場が危ぶまれたチームを救ったのが、独特の色合い「チェレステ」で有名なビアンキだった。03年5月末、チームコーストはシーズン半ばにしてチームビアンキへと生まれ変わった。
自分の記憶でも、その頃のニュースはかなり注目が高かった覚えがある。03年シーズン開幕にあたり、このころのツール・ド・フランスの優勝候補2大巨頭のうちのひとり、ヤン・ウルリヒがチームコーストに移籍してきていたからだ。問題が明るみに出て、事態が深刻化していくほど、「給与未払い問題でチーム消滅」=「ヤン・ウルリヒ03ツール出場に赤信号」という図式ができあがっていた感があったのだ。
チームビアンキのジャージは、近年のバイクジャージには珍しいクラシックな印象が強い。他のチームジャージと比較すると顕著なように、スポンサーの記載があまりない。ツールの中継でナビゲーターがヤン・ウルリヒとチームビアンキの活躍を伝える際には、伝説のレーサー“ファウスト・コッピ”を引き合いに出すケースがたびたびあった。コッピがレースの歴史を示す写真上で着ているビアンキチームのジャージが、ちょうどこのような雰囲気だったのだ。
急増チームではあったが、チームビアンキの活躍がこの年のツール・ド・フランスを盛り上げた。ヤン・ウルリヒが歴史上もっともランス・アームストロングを追いつめたのだ。最後の最後、個人TTでウルリヒが落車してしまったのは本当に残念だったが、自分が見たツールで間違いなく最もエキサイティングだった。
余談ではあるが、ビアンキとは確かイタリア語で「白」の意味を持っていたような覚えがある。ビアンキ社がイメージカラーをチェレステにしたのはなんでなんだろうか?(30/10/05)
04ジャパンカップ最大の注目は、当時世界ランキング1位のダミアーノ・クーネゴの来日だった。この年彼はジロ・デ・イタリア、ジロ・デ・ロンバルディアというビッグレースをとり、世界で最も注目されるスター選手となっていた。そのため、02、03年と連続してジャパンカップに参戦した時とは周囲の注目度が段違いだった。
左の写真は、この年のジロ・デ・イタリアのマリア・ローザレプリカに、クーネゴのサインを頂いたもの。「大きく書いて!」とお願いしたのもあってか、デカデカとはっきり書いてもらっている。
自分が初めて観戦したレースは02ジャパンカップで、クーネゴは初来日だったはず。レース当日一番印象的なシーンは、クーネゴのリタイアだ。レース中盤から終盤にかけ、補給地点でリタイアしたクーネゴは、補給地点にいたスタッフとおしゃべりをはじめ、周囲のファンの声にも愛想良く応えていた。しばらくして、彼はその場でオークションを開始。レース中なのにファンが群がっていたのを覚えている。あの当時からすごく人当たりのよい、好青年という感じだった。プロロードレーサーがとても身近なヒーローなんだっていうのを見たような気がしたシーンだった。03年に再来日したときも、写真をお願いしたときの笑顔が印象的だった。
そんな彼は、チャンピオンとして来日した04年も変わっていなかった。周りのスタッフのガード振りこそ凄くなっていたが、好青年という印象は決して損なわれていなかった。丁寧にファンに対応する姿を何度も見かけたし、その上で自分がスターであることをきちんと認識しているように思えた。レース後会見場の後ろに群がるファンの求めに応じて時間いっぱいサインしていたのも印象的だ。彼のような素朴なスターを見るたびに、自転車レースの魅力をさらに深く感じるのだ。(15/10/05)
このジャージを最後に、現役を引退したランス・アームストロング。彼は自転車レースファンのみならず、世界中の人に影響を与え続けている。もちろん自分もその一人だ。
自分が彼の存在を知ったのは、雑誌「Number」の記事だ。今のようにロードレースにのめり込む前の話だ。すでにツール・ド・フランスで2勝した頃だと思う。サッカーにはまっていた当時、自転車の世界=ドーピングという図式が自分の中にも存在していた。マイナースポーツであるせいか、それまではドーピングスキャンダルがロードレースの記事を一番大きく見る時だったように思う。そのような中で、彼のドラマティックな人生は、自転車ロードレースの枠をすでにはみ出し、一スポーツファンの自分に大きな興味を抱かせるものだった。2000年秋、彼の著書が翻訳された。「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」。読んだのは、01年だったか、02年だったか。レースのことはほんの少ししか書かれていなかった。それでも、自分がロードレースに興味をもつ大きなきっかけを与えてくれた。
あの頃からずっと、彼は頂点にいた。世界中にも影響を与えていた。合い言葉はlivestrong。ガン基金を目的としたリストバンドは世界中の人が身につけた。今年はリブストロング以外にも、ホワイトバンドをはじめ様々なリストバンドを見た。彼の影響が見え隠れする。そして彼は最強のまま引退してしまった。(10/10/05)
02シーズン一杯で解散したMapei-Quickstepの後を引き継いだチーム。パオロ・ベッティーニ、ヨハン・ミュセウ、リシャール・ヴィランクらスター選手が目白押しのチームだった。
この年、個人的にもっとも印象深いレースは、パオロ・ベッティーニが勝利したミラノ〜サンレモだ。終盤、アタックを繰り返したが決定的な逃げをなかなか作れずにいたベッティーニのため、彼のアシストであるルーカ・パオリーニがもの凄いスピードで集団を突き放し、ベッティーニとの抜け出しに成功した。パオリーニのアタックについてこれたのは、当時サエーコのダブルエースのひとりだったミルコ・チェレスティーノのみ。2対1のゴールスプリントは、圧倒的な大差でベッティーニの先着となった。ゴール後抱き合ってもみくちゃになったベッティーニとパオリーニの姿が印象深い。ポディウムでパオリーニを抱きかかえるベッティーニを見て、ロードレースの主従関係の深さを感じたものだ。
左の写真は、03年ジャパンカップの際来日したパオリーニ、ブラマーティ、ロジャース、シンケヴィッツ、カニャダのサインが入ったクイックステップのジャージ。このメンバーでは05年現在世界戦ITT3連覇中のマイケル・ロジャースの存在が際立つ。将来的にはグランツール制覇が期待できる逸材だ。(10/10/05)